いつの時代でも価値ある建築芸術は、

 いつの時代でも価値ある建築芸術は、子どもの手に掴まれた糸がするすると伸びて大空に凧が上がるように、それを大地に引いている糸の緊張によって芸術の世界に飛翔したのである。時に、糸を断ってひとときの自由を求めた建築作品もあったが、その弱々しい光彩はたちまち消え失せてしまった(山本学治『現代建築論』一九六八年)▼その時代の、人間生活全体に強く結びつけられた糸の緊張――私にとっても座右の銘であり、今日では社会のあり方への警告でもある。先月「新国立競技場建設現場で働く新入社員自殺、 厚労省が実態調査へ」の報道に厚労相は「建設業は時間外労働が青天井の世界」と語ったが▼「近代産業の全歴史がしめしているように、資本は、もしそれをおさえるものがなければ、むちゃくちゃに情容赦もなくふるまって、全労働者階級をこの極度の退廃状態におとしいれる…」と述べたマルクスの国際労働者協会中央評議会での講演は一八六五年。わが国が明治維新に向かう「安政の大獄」の頃▼いま、バブル崩壊から二六年を経過した日本社会では、「人間発達の場」である筈の時間が「人間絶望の空間」となって、多くの青年の行く手に立ちはだかる。(こ)